プロフィール

はじめまして。
心理カウンセラーの成沢優希と申します。

私は現在、
心理カウンセラーとして活動していますが、

ここに至るまでは、
26年間という長い時間を
一人の会社員として過ごしてきました。


その道のりは、
決して平坦なものではありませんでした。

就職氷河期、職場の人間関係、
そして家族のうつ、自分自身のうつ……。


会社員時代の私は、

「他人の期待に応えなければ」

「私が頑張りさえすれば」

と必死になるあまり、
自分を犠牲にし続けていました。

一生懸命やればやるほど、
なぜか空回りして、
心と身体がすり減っていく毎日。


「もう、これ以上は歩けない」


そう思って立ち止まったとき、

私はようやく、
心の仕組みやカウンセリングという

「自分を助けてくれる存在」

に出会うことができました。


このページでは、

そんな私がどうやって立ち止まり、
どうやって立ち上がり、
自分らしい人生を歩き始めたのか。

その物語を少しお話しさせてください。


もし今、あなたがかつての私のように
一人で抱え込んで苦しんでいるのなら。

この物語が、ふっと心を緩める
きっかけになれば幸いです。

Chapter1.
「頑張ればなんとかなる」
そう信じて走り続けた日々

「努力は裏切らない」と信じていた子供時代

私は、愛情深い両親のもとで、
たくさんの習い事をしながら育ちました。

忙しい日々でしたが、
私はそれを楽しんでいました。

なぜなら、
「頑張れば頑張った分だけ、結果が出る」
ことが嬉しかったからです。

努力すれば報われる。 やればできる。


そんな成功体験は、私の中に

「頑張れば報われる」 という強い信念

を作っていきました。

その時は、その信念が
自分自身を苦しめる鎖になるとは
思いもよりませんでした……。

夢への未練と、閉ざされた扉

最初のつまずきは、
医学部受験の失敗でした。

本当は「カウンセラー」に
なりたかったのですが、

当時はまだ職業として確立されておらず、
「まずは医者になろう」と
医学部を目指したのです。

しかし結果は不合格。
他学部に進学しましたが、

諦めきれずにこっそり心理学科の授業に
潜り込む日々でした。

ある夏、アメリカから来日した先生に
「どうしたらカウンセラーになれますか?」
と尋ねる機会がありました。

先生の答えは

「日本では無理。アメリカに来なさい」。

当時の私には海を渡る覚悟がなく、
その言葉はあまりに高い壁でした。

目の前で扉が閉じた気がして、
私はそこで静かに夢を諦めてしまったのです。

氷河期の波にのまれて

夢を失い、空っぽになったまま
放り出されたのが、
あの「就職氷河期」の社会でした。

何十社受けても書類選考で落とされ、
面接にすら進めない日々。

社会から

「あなたはいらない」

と拒絶されているようで、
自信は粉々に砕け散りました。



「どこでもいいから、
 私を拾ってくれる場所があればいい」



ようやく内定をもらえたのは、
特に志望していなかった事務職。

「やっと拾ってもらえた」

という安堵と、

「本当にこれでいいのだろうか」

という迷いが入り混じる中、
私の26年間にわたる会社員生活が始まりました。

頑張っても報われない場所で

「拾ってもらえたのだから、
 役に立たなければ」

「ここで頑張れば、
 きっと認めてもらえる」

そんな思いで、私は必死に働きました。

頼まれた仕事はすべて引き受け、
自分自身のスキルを磨いて

できる仕事を増やし、
完璧にこなそうとしました。


けれど、
そこは「女はどうせ辞めるもの」という
古い空気が漂う職場だった上に、

仕事内容よりもどれだけ上司に従順か、
どれだけ媚びて取り入るかが評価される

という職場だったのです。


どれだけ成果を出しても評価されず、

むしろ仕事を頑張れば頑張るほど、

上司からは目を付けられ、

周囲からも「無駄なことをして」と

冷ややかな目で見られてしまう……。



私が信じていた

「努力は報われる」というルール

は、ここでは通用しませんでした。

それでも、
私は止まることができませんでした。


「私が我慢すればいい」

「もっと頑張れば、いつかわかってもらえる」


そう自分に言い聞かせ、違和感に蓋をして、
カチカチに固まった心のまま、
働き続けることを選んでしまったのです。

Chapter2.「辞めることが怖かった」
夫婦でうつを超えて、私が壊れるまで

夫が突然、会社に行けなくなった日

ある日突然、
夫が会社に行けなくなりました。

まさか「うつ」だとは思いもよらず、
当時の私はただ混乱するばかり。

知識がなかった私は、
焦りから夫を質問攻めにしたり、

将来の不安をぶつけたりして、
逆に彼を追い込んでしまっていました。

「私が支えなきゃ」と自分を追い込んで

「夫が働けないなら、私が支えなきゃ」

そう覚悟を決めた私は、
自分を限界まで追い込んで働き続けました。

やがて夫は回復しましたが、
張り詰めていた糸が切れるように、
今度は私自身が倒れてしまったのです。

「ここを辞めたら、生きていけない」

診断は、夫と同じ「うつ」。

医師からは休職を勧められましたが、
私の心はそれを頑なに拒絶しました。

「会社を辞めたら、
 私の人生は終わりだ」

就職氷河期のトラウマが
深く刻まれていた私は、


「ここを手放したら二度と社会に戻れない」


という恐怖に支配されていたのです。

這ってでも会社に行かなければ——。

ボロボロの身体で、
まだ私はしがみつこうとしていました。

Chapter3.涙が止まらなかった日
心の「底」を打って、ようやく見えたもの

初めての「傾聴」と、癒やしの限界

心も身体も限界を超え、
私は藁にもすがる思いで
「傾聴カウンセリング」のドアを叩きました。


初めてのセッションで、私は1時間、
泣きながらただひたすら苦しい胸の内を
話し続けました。


否定せずに聴いてもらえる。

思い切り泣ける。


それだけで心がスッと軽くなり、

「ここでは泣いてもいいんだ」

という安堵感に包まれました。


けれど、数回通ううちに、
私は足が遠のいてしまいました。

当時の私は

「カウンセリングに行けば、
 具体的な解決策(アドバイス)をもらえる」

と思い込んでいたのです。

「ここで話を聴いてもらっても、
 会社の理不尽な状況は何も変わらない」

そう早合点した私は、
せっかく掴みかけた癒やしの手を、
自ら離してしまいました。

夫が差し出してくれた「救命ボート」

その後、
私の状態はさらに悪化しました。

人間不信になり、

「もう誰とも関わりたくない」

と塞ぎ込む私を見て、
夫が覚悟を決めたように言いました。

「明日、ここに行っておいで。
 もうお金は払ってあるから」

夫が手配してくれたのは、
2日間の「集団カウンセリング」でした。

訳もわからず参加したその場所で、
私の中に溜まりに溜まっていたものが、
堰を切ったように溢れ出しました。

「カツーン」と底を打った瞬間

そこでは、
これまでの人生で一番というくらい、
泣きました。

泣きすぎて頭痛がして、吐いてしまうほど、
身体中の水分が涙になって流れ出ました。

そうして出し切った後、
不思議な感覚が訪れました。

どこまでも落ちていくようだった心が、


「カツーン」


と音を立てて底を打ったような感覚。


その瞬間、冷え切っていた心に、
少しずつ温かさが戻ってくるのを感じました。

帰宅した私を見た夫が、

「顔つきがまるで違う」

と驚いたほど、
憑き物が落ちたような変化でした。

残酷で、温かい真実

そのカウンセリングで、
先生に言われた言葉が忘れられません。


「残念だけど、
 そこ(会社)には、
 あなたの望むものはないよ」


私は思わず反発しました。


「そんなこと言われても、
 会社を辞めるわけにはいかないんです!」


その時はまだ、その言葉を
受け入れることはできませんでした。

けれど、
凍りついていた私の人生の時計は、

この涙と共に、
確実に動き始めていたのです。

Chapter4.26年分の荷物を下ろして
そして、新しい世界へ

「もう、充分がんばった」

心の底を打ったあの日から、
私は少しずつ変わり始めました。

「このままではいけない」 そう感じた私は、
週末を使ってNLP(心理学)を学び始めました。

そこで出会ったのは、
会社の中しか知らなかった私にとって、
衝撃的なほど広い世界でした。

自分の心の守り方、
人との関わり方……。

「もっと早く知りたかった」

と思うと同時に、

「今からでも遅くない」

という希望の光が見え始めました。


そして、
ついにその日は訪れました。



「私は、もう充分に我慢してきた」

「これ以上、自分をすり減らす必要はない」



長年、自分を縛り付けていた
「辞めてはいけない」という鎖が、
ふっと外れた瞬間でした。



26年。

悔しさも、

意地も、

恐怖も、

すべて飲み込んで
しがみついてきた場所。


退職を決めたあの日、

私はようやく深い息をつくことが
できたのです。

衝撃的だった「楽しそうに働く大人たち」

会社を辞めて、
手探りで新しいことに
挑戦し始めた私を待っていたのは、
信じられない光景でした。

世の中には、

「楽しく」
「誇りを持って」
「いきいきと」

働いている人がいる。

しかも、一人や二人ではなく、
当たり前のように存在している。


「働くことは、苦しいこと」

「お給料は、我慢の対価」


そう信じ込んでいた私の常識は、
音を立てて崩れ去りました。

信頼し合える仲間と、
笑顔で仕事をする人たち。

その姿を見て、
私は初めて心からこう願ったのです。



「私も、あんなふうに働いてみたい」

ヒプノセラピー(催眠)との出会い

そんな中で出会ったのが、
「ヒプノセラピー」でした。

最初は半信半疑でしたが、
実際に受けてみて、私は言葉を失いました。

これまでに味わったことのない、
深い深い安心感。

ずっと胸の奥に鉛のように
溜まっていた重荷が、
嘘のように軽くなっていく感覚。



「人の苦しみは、
 頭で考えるだけでは解けない。

 もっと深いところ
 ――潜在意識に触れることで、
 本当の変化が起きるんだ」



その体験は、
私がカウンセラーとして生きていくための、
決定的な指針となりました。

Chapter 5.癒やされた私だから、
あなたに手渡せる「確かな変化」がある

技法を求めて、学び続けた日々

ヒプノセラピーを通じて
「心の深いところに触れると、本当の変化が起きる」
という体験をした私は、

本当に人が変われる方法を求めて、
貪るように学び続けました。


産業カウンセラーの資格取得、

100時間を超える傾聴トレーニング、

NLP(神経言語プログラミング)、

そしてヒプノセラピーの専門的な技法……。


けれど、
ただ「知識」として学ぶだけでは
満足できませんでした。

私は、自分自身がクライアントとして、
意識的に多くのカウンセリングを受け続けました。

「この技法を使うと、心はどう動くのか」

「どこに触れると、人は楽になるのか」


それを自らの体験として検証し、
知識と結びつけて、自分の血肉にしていったのです。

最も大切な「基盤」への気づき

そうして数多くのセッションを受ける中で、
ある一つの重要な事実に気づきました。

私が最も深く癒やされ、変化できた瞬間。

それは、
すごいテクニックを使われた時でも、
立派なアドバイスをもらった時でも
ありませんでした。

目の前のカウンセラー自身が、
心からリラックスして、

「癒やされた状態(安定した在り方)」

でそこにいてくれた時です。


「安心した人の前にいると、
 人は理屈抜きで安心してしまう」


その絶対的な安心感があって初めて、
人は心のガードを下げることができます。

そして、
ガードが下がった状態だからこそ、

高度な技法(ヒプノセラピーやNLP)が
心の奥底まで届き、

本当の変化を起こすことができるのです。

あなたの「本当の変化」のために

この気づきが、
現在の私のカウンセリングの基盤です。

技法や知識はもちろん大切です。

しかし、
それを使うカウンセラー自身の「在り方」が
整っていなければ、
どんな素晴らしい技法も機能しません。

だからこそ、
私は自分自身を癒やし、
整えることに妥協しませんでした。

私が提供するのは、
単なる「お話を聞く場所」ではありません。

確かな技法と、
それを最大限に活かすための
「揺るぎない安心の場」です。

かつて私がそうしてもらったように、
今度は私が、あなたのためにその場を用意します。

最後に 〜あなたへのメッセージ〜


ここまで読んでくださり、

本当にありがとうございます。


もし今、あなたが


「もう歩けない」

「ここを辞めたら終わりだ」


そう思って震えているなら、

これだけは伝えさせてください。



あなたは、変われます。


何歳からでも、


どんなに今が苦しくても、


必ず笑える日は来ます。


私がそうであったように。



一人で抱え込む時間は、
もう終わりにしませんか。


ここから、

あなたらしい人生を取り戻す一歩を、

一緒に踏み出しましょう。